Myy(ミー)です。
人生半ばにしてメルボルンへ移住。メルボルン生活もセカンドステージへ突入。
素敵なカフェやレストラン、メルボルン生活情報は”皆無”のMyyのロバ耳ブログです。



欲しいものは忘れたころにやってくる <その4>

*ここから初めて読む方はこちらを読んでからだとわかり易いかも。
欲しいものは忘れたころにやってくる <その1>
欲しいものは忘れたころにやってくる  <その2>
欲しいものは忘れたころにやってくる  <その3>

 

さて帰宅後すぐにビザの申請をしようと固く決心したMyyとJさん。まずはインターネットでイミグレーションのサイトから パートナー移民(配偶者、***デファクトパートナー、婚約者)用のブックレット全58ページをダウンロード。

***法的に結婚していないカップル(同性カップルも含まれる)はデファクト関係といわれます。法的には夫婦契約をしていないけど精神的経済的に人生を共有していて社会的にも夫婦と認められる生活を送っているカップルというのがおおよそ定義。日本でいう内縁関係っていうのとはいまいちイメージが違う感じなんじゃないかな? 法的に婚姻関係があるかどうかっていうのは社会のシステム的にもモラル的にもあんまり重要視されてないよね。欧米の国々にはこういうところ他にもいっぱいありますけど。というわけで法的婚姻関係の有無はビザ取得にあたってもとりたてて有利でもないのです。紙の上での結婚はだれでもできるもんね、そういうのが偽装結婚のビザ取得詐欺(?)なわけで。だから色々審査があるわけで***


この中に、ビザについての説明からアプライする対象者としてふさわしいかどうか確認できるチェック項目や申請に必要な書類についてなどの一通りが書いてあります。自分に必要なところだけ一通り読んで概要をつかんだらなんとなく安心(?)してあんなに焦った気持ちものど元過ぎればなんとやら、しばらくビザの件放置すること1か月。いやのど元過ぎればというよりも、これからやらなきゃいけない仕事量の多さにビビリましてこの期に及んでもまだいやなことを先送りにしていたっていうほうが正しいんだけど。

それでも、申請に必要な書類として日本の戸籍や日本での無罪証明書など取り寄せに時間がかかる&英語への翻訳が必要なものについてはこの時点で用意を始めていました。あ、あと健康診断も予約したね。スポンサー(Jさんはスポンサーと呼ばれる)のほうも、出生証明書やら婚姻証明書(過去の)、そして離婚証明書とかビジネスステイトメント(早い話がどれだけ稼いでいてどれだけ税金納めていてのあたり)とか、スポンサーも結構必要な書類があってそれらをなるべく早く用意するように、とお願いしました。

でもね~Jさんも仕事が忙しいのでそうそうビザにかかりっきりになれないとはわかっていても、Myyに輪をかけてギリギリまで仕事に手を付けない人なので一体いつこれらのものを準備してくれるわけ?っていうのをいっつもイライラしながら待ってなくちゃいけないわけです。自分も色々やらなくちゃいけないことがあって、それも大変だわ~っとプレッシャーでしたが自分のことは自分でコントロールできるから頭の中で段取りができている。でも人の段取りはどうなっているかわからないからイライラする。

ネットで人の体験談よんだりすると突然気持ちが焦る、というなんていうか魔がさす日?っていうんでしょうかね、そういう日が定期的にやってくるわけです。そうなると、あんたは一体全体いつビザについての準備をしてくれるのか?なに?今週末?でも先週も同じこと言ってやらなかったよね?ホントはやる気ないんじゃないの?もしかしてホントは私にビザが下りなければいいと思っているんじゃないのか?ホントは私を日本に追い返したいけど自分の責任にしたくないからビザの準備適当にしてビザが出なければいいって思ってるんじゃないのか?というすごい方向に思考が進んでしまうのです。で、なんでもだまって心の中にしまっておけないMyyはそれをそっくりそのままJさんにぶちまけるので、どんどん会話は闇へと向かうのでした。


そしてこんなことをしている間もずっとMyyの心のなかでひっかかっていることがありまして。ブックレットにはデファクト関係のわかり易い考え方として同居生活が1年あること、という説明があります。(ちなみに蛇足ですが離婚する場合も別居期間が1年ないと離婚させてもらえません。日本みたいに届けを出すだけで離婚できるとなるとここの人たち全員がすぐに離婚しちゃうからね、喧嘩した時点で即!と言っていた人いますけど、これ激しく同意できますね。わはは) 

<その2>にも書きましたがMyyはビザの申請の時点でJさんと知り合って約5年半、真剣遠距離約4年、同居の期間は10か月、そしてこの同居10か月の間に2回日本に帰っています。ブックレットには1年同居していることが“絶対条件”とは書いてありませんが、これについてはよくネットでも話題になっていて、実際に同居期間が数か月足りなくてビザがもらえなかったという体験談もいくつか見ました。でも、よくブックレットを読みこむと、デファクト関係にあるというのは、健やかなるときも、病めるときも、喜びのときも、悲しみのときも、富めるときも、貧しいときも、これを愛し、これを敬い、これを慰め、これを助け、その命ある限り、真心を尽くすことを誓いあっている状況なわけです(・・・というのはMyyとJさんの解釈)
将来を誓い合っていても宗教上の理由や仕事の理由で一緒にくらせない人もいるしね。(・・・というのもMyyとJさんの解釈)


しかし、イミグレーションとしては、毎日一体どのくらいの申請がされているのかわからないけど膨大な数のカップルがほんものの関係かどうかっていうのを審査しなきゃいけないわけで、そのためには証拠をだしてちょうだいな、と言わざるをえないわけで、そうなるとなにがわかりやすい証拠になりうるか、といえば、デファクト関係とはまぁ1年は同居している関係だったらそう考えられる、という意味でブックレットに提示しているのだとはおもいます。

で、同居しているということの証明というのは、土地・財産を二人の名義で共有していたり、家賃を折半していたり、1年分の光熱費の領収書の名義が二人の名義になっていたり、銀行の口座が共同名義になっていたり、っていう経済的に人生を共有している証拠があってこそ同居していると言え、そしてさらに、二人が家族や友人達からカップルだと認識されている証拠を示す必要があって、それは、二人&友人家族との写真や二人あての手紙、正式な二人あての結婚式の招待状、二人が離れている期間(同居してない期間)があったらその間のコミュニケーションの証拠(電話履歴スカイプ履歴メールのやり取りとか)などなど。あとはMyyとJさんの関係を証明してイミグレーションに提出してくれるAUS国籍かもしくは永住者最低二人からのお手紙。


そんな感じのこまごましたものから、イミグレーション指定のきまったフォーム、Myy2種類(人物査定みたいなものもあります)スポンサー1種、二人の出会いや付き合いそして今後どんなふうに人生をともにしていくのかというレポートそれぞれが一通作成。 Myyの人物査定についての書類などは、学歴職歴はもちろんのこと、もう10年前からいままでの渡航歴を細かく記入。これが自分でも忘れていた過去を一生懸命思い出さなければならないという思いによらず過酷な作業。

 

でもってこんなことをあーでもない、こーでもないとやっている毎日のなか定期的にやってくる魔がさす日。


あんた1年同居してないんじゃない?だからビザ無理なんじゃ?とか、あんた光熱費からなにからなにまでJさん名義じゃない?銀行の共同口座ってこの前作ったけど、数か月しかつかってないよね?しかもあんたはまったくお金そこに入れてないじゃない?なに?え?Jさんのレポートってこれだけなわけ?すくなくない?(ちなみにMyyはA4で6ページ、Jさんは4ページ)とか。

このへんの悪魔の声が聞こえるともうMyyはいてもたってもいられなくて、脈略なくJさんにそっくりそのまま気持ちをぶちまける、そして二人は闇におちる。ということになってしまうわけです。もうほんとにいちど闇におちると会話はずっと平行線をたどり、お互いが意地でも自分の主張を通そうとする。そして最終的にはお互いの性格を批判する羽目になる、で、こんなことでこんなになるんだったらもうこの先やっていけない、もう日本へ帰ろうというかなり極端な気持ちになることも多々(っつーか毎回思った)ベッドにはいると目をとじて荷造りの段取りまで考えたりしたものです。あ、安い航空券のチェックもやったね。

もうこの流れをねぇ~1か月の間に何度もやるわけですよ、こんな中年になっても。ホントに疲れました。もうこれ言ったらこうなる、とか、こうしておけば闇にならない、とかわかっているのにやめられないんですよ。で毎回今から荷造りするわっ!ってなる。なんでこんなになっちゃうわけ?って思って同じビザを経験している人に話を聞くとやっぱり皆おんなじように喧嘩したりしたらしい。ネットの体験談を読んでも、何度も家をでた。でもだれも知っている人もいけるところもなくて一人で車を運転してマックで時間つぶして結局いやでも帰るところは家しかない、帰ろうってやった、とかね。泣けるね~。でもそういうのを読むと少しほっとしたりしましたねぇ~。あ、自分の状況は普通なんだな、って思って。

Jさんをよく御存じの方は想像つくかもだけど、あの人基本すごいポジティブシンキングな人。だからなにか仕事でも遊びでもいまからはじめる、となったらその先には成功しかなく一ミリも疑いをもたずに進むタイプ。まぁそうはいっても実際は仕事柄あらゆる事態を想定してそれぞれに対して対応策も考えてはいるけど、それよりも今の段階はすでにスタートしたプランをどう成功に導くかというほうが力を注ぐべきところなので、とりあえず必要ない時点では、それぞれの対応策を口にはしません。あとJさんはなんだかんだ言って大事なことに関しては頭のなかに綿密なスケジュールが常にあるタイプなので、最終的には締切日までにちゃんと書類が準備できるという自信があったんでしょうね。

なので、Myyのように思ったことをすぐ脈略なくぶちまける姿というのはネガティブにしかみえない。でこのネガティブっつーのがあの人のもっとも嫌いなもののひとつ。もちろんMyyもポジティブな部分もあったけど、でもポジティブな部分というのは問題がないわけだからあえて話題にはしない、ネガティブなところをピックアップしてそれをどうにかしたい、もしくは最悪の時のための準備をしておきたい、だからそのことを“今”話しておく必要がある、という流れなんだけどね。単にぐちぐちネガッてるわけじゃないんだけどさ。でもその辺を説明しようとしてもお互いが切れてしまった段階ではもうパタッと耳を閉じてしまっているからどうにもならない。

カップルの在り方は千差万別。たしかにビザの申請をした時点では、共有財産の名義もなかったし同居は10か月。そんな風に簡単に紙の上での証拠品だけで機械的に処理しようとすると、難しい状況だったかもしれません。でも、繰り返しますがカップルの在り方は千差万別。MyyとJさんの場合Jさんがほぼまるごと経済的にMyyの面倒をみているという証拠品はほかにいくらでもあったし、なぜ今家や土地が共同名義でないかのあたりについては二人の付き合いの歴史レポートのなかで二人とも触れているし、なぜ同居が10か月なのかという理由、そしてそれについての5年半前から今までのことをこまかに気持ちの動きとともにMyyもJさんもお互いがお互いの表現方法でレポートにしたたました。(またね、このJさん的書き方がMyyはなんか納得できなかったりしてさ、こういう風に書かない方がいいんじゃないか?とか二人の日付があっていないとか、Jさん的には重要じゃないと思うところがMyyは重要って思えたり、、、プラス、Jさん的には感動的なセンテンスがいくつもちりばめられたレポートになったと思っているようでしたが。男と女、ちがいますねぇ~)

それと単純なものとしては、5年半の間ほぼ毎日スカイプ、メール、電話のやり取りが一日に何度もあるというのがわかる、知りあってから今までのスカイプの交信履歴のログと、メールの受信送信の履歴がわかるものをハードコピーをとってプリント、

などなど細かに書いていくと終わらないのでこの辺はサクッと行きますが、自分達なりに経済的、精神的なものの共有と、共有してないものがあるならばなぜそうなっているかの説明みたいなこととか、あとはJさんがしっかりした仕事あるスポンサーであり、Myyも将来かならずやよい納税者になるであろうと思われることがわかるようなものなどなど、指定の申請フォームと様々な種類の二人の関係を証明する書類、厚さにすると約8cm、重さ1kg以上になる束を郵送したのでした。

そしてわすれてはならないこのビザの申請代金。Myyが申請した2013年6月末でお値段AUS$3975 、支払方法Jさんクレジットカード。7月からのビザ申請代金値上がりの数日前にぎりぎりセーフ。そしてそれはMyyの観光ビザの有効期限が切れる1週間前のことでした。

書類を送付した数日後にさっそくイミグレーションからメールが届きました。メールの内容は、間違いなく書類を受け取った、そして申請代金も受領した、内容に問題はない、これから審査にはいります、なお現在ビザの審査は最低でも13か月~14か月必要なので、とりあえずその間はイミグレーションに問い合わせをしないように!されてもお答えしません!ウチラいそがしいんで!というもので、Myyのビザ申請番号とかケースナンバーなど事務的なものがかいてあるものでした。

そしてそれと同時に、ビザの申請を受領された時点でブリッジングビザが発行され、これでとりあえずMyyは観光ビザがなくなったあともビザの審査待ちの間合法的にAUSに滞在でき、しかもフルタイムで仕事ができるステイタスを得たのでした。このメールをうけとって大喜びのJさん。とりあえず合法的に滞在が許可されたということだけで大喜びをするJさん。

この人はやっぱりわかっていない。。。

ブリッジングビザはブリッジングビザ。あくまでその場しのぎのビザじゃございませんか。Myyが必要なのは正々堂々となんの曇りもない気持ちでここで暮らしていけるビザ。とりあえずは2年のテンポラリーパートナービザ、そしてそのあとはまたおなじような申請書類を準備してそこで初めてパートナー永住ビザになるんですよ。大喜びするには早すぎるんじゃ?これは数年プロジェクトなんだよ!

書類を受理されホットした気持ちもすぐに消え失せ、これから先まだまだ続くこのプロジェクトの道のりを考えたMyy。 ま、とにかく出すものはだした。必要があればイミグレーションは追加書類の請求をしてくる。しばらくは待つのみ。

そして、次のステップは面接。・・・のはずだったけど。

ビザを申請してからの1年間どのような進展がありなにがMyyに起こったのか? 

次回最終回!今回も読んでくれてありがとね。